まだスマホがないガラケーの時代で
今のようにスマホがあれば、簡単に検索して調べられることも、ガラケーの時代にはすぐには調べられませんでした。
自分の頭の中の検索機能を可能な限り働かせ、これからのスケジュールについて、自分自身と向き合いスピードを持って考えました。
この作業中、寸分の狂いも許されない緊張感が走り、
『娘を守らなければ!
落ち込んでメソメソ泣いている暇など無いんだ!』
私は心が折れそうになる自分を奮い立たせました。
『今ここで何もかも捨てて、明日を塗り替えていかなければ、この子の人生は守れないのだから!』
まるで自分が2人居る感覚でした。
現実の世界でうずくまって動揺しながらメソメソ泣いている私。
そしてそんな私を上から見おろして、冷静に判断し励ましている私。
本当は、辛くて‥‥
逃げ出したい気持ちで一杯なはずなのに。
『こんな時、助けてくれる人、、、
やっぱり家族しかいないな‥‥
県外にいる
弟に連絡してみよう。
あと、お父さん‥‥(母と離婚した父)』
母には、ショックも考えて一番最後にしました。
時間がないので要約を述べて、すぐに助けに来てもらえるか無理を承知でお願いしてみることに。
飛び出してきた私には‥‥
今まであった当たり前のものすらも、
もう何一つ無いのです。
移動する車、
今日寝泊まりする場所‥‥
娘はお腹も空いてるだろうし、
愛犬はトイレもしたいことでしょう、、
2歳の娘と愛犬を腕に抱えていると、店舗や電車、バスなど公共の機関も使えないことに気が付きました。
ちょっと、トイレに入るのも、愛犬がいては入れません。
ファストフードにも、愛犬がいるだけで入れません。
私は八方塞がりになりました。
時間は刻一刻と過ぎていきます。
それはまるで、命のストップウォッチが身体にかけられたようでした。